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義元左文字復元プロジェクト
中間報告レポート(宮崎編)

令和 2 年 10 月 17〜20 日

日刀保静岡県支部 副支部長兼会計
        渡邉剛広

(PDFデータ版はこちらからご覧いただけます。)

この度、内田義基刀匠の作刀に同行させて戴いたので一部始終を報告させて戴く。
左文字復元刀の作刀がなかなか成功しない中、今回は師匠の鍛刀場を借り又師匠の助言を求める為、宮崎県日向市の「國正鍛刀場」を訪れた。私も同行し手元を手伝わせて戴いた。

今回の内田刀匠の気合の入れ方は凄まじく、何としても成功させたい気迫が伝わって来た。
先ず、作刀の前に身を清めるべく富士山の修験修行を行った。毎年参加している大和修験會が行う「冨嶽両界峯入修行」で、駿河湾の田子の浦の海岸で禊ぎをし、歩いて富士山の山頂を越え反対側にある精進湖まで向かう。しかし、今年はコロナの影響で入山が出来ないので、迂回して途中の陣馬の瀧にて水垢離を行った。

 

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両界とは胎蔵界と金剛界のことで、精神面と肉体面の両方を鍛える修行である。

10月12日~14日の三日間歩き通しであったが、次の日は準備をしてその次の16日には宮崎へ移動。途中京都にある聖護院門跡にて、鍛錬の成功を祈願すべく護摩祈祷を受けた。

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夜中にやっと宮崎に到着。次の17日の朝、師匠である松葉國正刀匠の鍛刀場に向かう。

御存じの方も多いと思うが松葉師匠は日本美術刀剣保存協会の「無鑑査」の刀匠である。

又、合気道の達人でもあり、鍛刀場の入口には背丈程ある六角棒や四~五寸はある角材で作った鍛錬棒がおいてある。
丁度この日、雑誌の取材が来ていてデモンストレーションで竹の試し斬りを見せていたが、最小限の動きでスパスパと竹を刻んでしまう程の腕前である。
英語も堪能であり、外国人の記者に対し英語で取材の受け答えをしていた。

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扨、一日目の作業はまだ鍛錬の前の下準備である。
鍛錬と言うと鋼を熱して叩く作業全てを鍛錬と思っている人が多いが、正確にはその中の「折返し鍛錬」の工程のことを指す。その前の下準備が何工程もある。
しかし、今回は場所を借りている事もあり時間が限られるので、最初の工程である玉鋼を潰して板状にする「玉潰し」の工程を前もってやっておいた鋼を持参した。
又、普通に造っていては「地金」に変化がない。現在のタタラで造られる玉鋼は厳選された材料と炭でしっかりした温度管理の元造られていて純度が高い。故に綺麗な刀が造れる。
しかし、少し刀に詳しい者なら古い刀と現代刀は一目瞭然で見分けがつく程「地金」が違う。現在の鋼では均一過ぎて面白みが無いのである。
そこで、今回は古い刀の再現なので内田刀匠は炭素量の違う状態の銑を組み合わせて「地金」に変化を付ける作戦だ。師匠に相談しながら念入りに作戦を練る。

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材料を小割して秤で重さを測る。銑は炭素量が多いのでハンマーで割る事が出来る。

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炉に火を入れて材料を赤めてスプリングハンマーで慎重に潰していく。広がらない様に横からも叩き纏めていく。
炭素量の違う材料をくっ付けていくのだが、馴染みが悪くなかなか付かない。
この炭素量の違う材料を使う作戦はリスクが高い。炭素量の高い材料のせいで後々フクレやキズの原因になってしまう事もあり得る。

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イベントで刀鍛冶の実演を見たことのある方はこの写真を見ると「あれ?」と思うかもしれない。
断っておくが、普段から古式鍛錬の伝統衣装を着て弟子が大槌を振るっている訳ではない。衣装の胸紐や袖などがスプリングハンマーなどの機械に絡まると重大な事故になる事もある。
現代の鍛冶屋ではスプリングハンマーは必須だ。弟子が何人も居れば良いが鍛錬には先手が3人は必要。威力も速さも違うし、なにより音を上げない。私一人では力不足です。
長い時間火を見るので保護眼鏡もいるし、火花が当たるので保護具も必要。
生涯何十年も仕事を続けるには身体を守るのは当然である。服の柄は…関係ない。

塊を4つ造った所で一日目は終了。
まだ鍛錬の工程まで入っていません。
二日目の作業はいよいよ鍛錬の工程。先ずは「下鍛え」の工程。
昨日造った鋼の塊を二つずつ重ねて測る。一回目は4.1㎏。
これを炉で沸かし崩れない様に慎重に叩いていく。
 

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文化庁の試験で行う古式鍛錬のやり方ではここでテコ台の上で沸かす。しかし、写真を見てもらうと分かるがテコ棒を使っていない。このやり方は「箸鍛え」と言って、火箸で持ってそのまま叩く方法である。
定かではないが「テコ鍛え」より古くから行われていた方法だと思われる。
左文字が造られた時代もこのやり方だったかもしれない。
しかし、このやり方は相当な力がいる。箸は片手では持てないので両手で持つ訳だが、60㎝程の箸の先に4㎏もの鋼の塊。しかも沸いた鋼はツルツルと滑るので持ちにくい。
内田刀匠の鍛え上げられた腕力と胸筋が無ければ出来ないだろう。
それでも時々ツルツル滑る鋼を足元に落としてしまう。真っ赤に焼けた鋼の塊である。
「うわっ!」驚いた!受け皿に外した拍子に跳ね上がり、顔面にも飛んで来た。内田刀匠は持ち前の反射神経でこれを躱すが当たれば大火傷、まさに格闘である。

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纏まってきたら縦に伸ばして切り込みを入れて折り返す。また赤めては伸ばして折り返す。
炉に入れる前には酸化を防ぐ為に藁灰をまぶす。炉から出して叩くとノロや金肌と共に崩れ落ちる。叩く度に不純物が火花となって飛び散る。みるみるうちに小さくなっていく。鋼が精錬されている証拠である。目方は実に半分位まで減ってしまった。
「下鍛え」が終わったら一定のサイズに鏨を入れて切っておく。
3日目の作業も「下鍛え」の続き。
昨日どうも鋼の減りが早かったので少し材料を足して約5㎏で2回目を行う。
箸で5㎏を持ち上げる。私には無理ですね。
形を整えながら折返し鍛錬していく。
途中、内田刀匠が難色を示した。どうも炭素量の高い材料の付きが悪い様で、剥がれてしまったのだ。一度剥がしてしまってから再度付け直す。しかし、後で悪さしなければ良いが…。一抹の不安がよぎる。

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4日目、朝方やっと「下鍛え」が終わり、次は「上げ鍛え」の工程。
先ず、「下鍛え」で鍛えた鋼の目方を測る。

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今回造った鋼だけでは足りないので、予め造っておいた鋼と併せて「造り込み」をする。
師匠に相談して分量や併せ方を決めた。

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ここからはやり直しがきかない。内田刀匠の表情に緊張が走る。
造り込みは「折返し三枚」でやる事に。ただし心鉄を使わない「無垢鍛え」。鏨を入れて折り返す。
しっかり鍛接したら少し伸ばしていく。
次に「沸かし延べ」の工程。一気に温度を上げる。

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地金に悪い所があればここで出てくる。緊張の一瞬だ。
箱箸で挟んで一気に伸ばしていく。
「あ!」思わず声が上がった。フクレが出てしまった。しかも2ヶ所も。

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ここまで来てしまったらやり直しは出来ない。
フクレを削り取れば太刀は造れるかもしれないが、豪壮な太刀にはならない。
残念だがこれは義元左文字の復元刀にはならなくなってしまった。
素人の考えではこれを材料にまたやり直せば良いだろうと思ってしまうが、それは出来ない。
鋼は熱すれば炭素が抜けていくので、炭素量の多い状態の材料から刀になった時に丁度良い炭素量になる様に造っている。だから、火に当たる時間が増えれば炭素量が低くなってしまい柔らかいナマクラ刀になってしまう。
一からやり直しである。
今度こそと気合を入れてきた内田刀匠。やりきれない思いが表情に出る。
何が悪かったかと思い詰めてしまう。

今回はここまで。
 

もう一振り分の材料を同時に造っていたが、それは富士に戻ってやることにした。

報われない事が多すぎる刀鍛冶の世界。
それでも内田刀匠は諦めない。
「不屈の精神で諦めない。出来るまで何度でもやる!」
失敗したばかりだが内田刀匠はそう意気込んでいる。

完成を心待ちにしている皆さんにはお待たせして申し訳ないが、今少し時間を下さい。

今回作刀に同行して分かったことだが、この松葉一門の鍛刀法は並外れた炎の精神と鋼の肉体が不可欠である。
内田刀匠は5㎏の鋼を鍛錬したが、松葉師匠は大太刀を造った時にテコ鍛えだが10㎏もの鋼を鍛錬したという。鉄のテコ棒がしなる程だったそうだ。余所の刀鍛冶ではとても真似出来ないだろう。
内田刀匠が普段から筋肉を鍛えている理由が良く解った。
筋肉を鍛えるのも仕事の内ということだ。
最後に内田刀匠に聞きたい。「プロテインは経費で落ちますか?」

以上
 

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